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育徳館が育んだ郷土の先達

みやこ町

2009年02月04日

770 ポイント

ヒサノスケ








藩校として開設された育徳館は、県立豊津中学校、県立豊津高等学校と名称が変わり、現在は福岡県立育徳館高等学校となりましたが、今日まで多くの著名な方々が学舎を巣立ち、各方面に足跡を残しています。
その中で、郷土に記念碑を建立し、その偉業をたたえている方々を紹介します。

堺利彦…幸徳秋水に影響を受け、日本社会党を創立し、国家の弾圧の中にあっても視点を民衆の心に置き、社会主義の普及につとめた。また、その著作活動によってプロレタリア文学にも大きな影響を与えた。
豊津を代表する偉人として堺利彦記念館を開設し、その隣に顕彰碑を設立して望郷歌を刻んでいる。

小宮豊隆…夏目漱石に師事し、漱石の小説「三四郎」は、豊隆からの手紙を材料にして書かれたと言われ、主人公の小川三四郎は小宮豊隆がモデルと言われている。
小宮豊隆の漱石に関する著作や解説によって、漱石作品が広く大衆化したことは大きな業績である。
東京大学構内の「三四郎の池」にちなみ、故郷の旧豊津高校構内に小宮豊隆文学碑を建立し、「三四郎の森」と名づけ、文学に親しむと共にその偉業をたたえている。

葉山嘉樹…早稲田大学文学部中退の後、名古屋地域を中心に労働運動の指導者として活動し、自らも労働に従事しながら労働者の階級的自覚をうながし、プロレタリア作家の旗手として活躍した。
服役中に執筆した「海に生きる人々」は、プロレタリア文学として絶賛され、名実ともに作家としての地位を不動のものにした。

鶴田知也…同窓の先輩である葉山嘉樹に影響をうけ、プロレタリア作家として活躍した。
アイヌの悲劇を描いた「コシャマイン記」で第三回芥川賞を受賞し、一躍文壇に認められるようになった。
また、農業近代化の指導者として活動し、農民文学や児童文学作品でも高い評価を得ている。

撮影日:2009.1.27
所在地:メイン画  …堺利彦顕彰碑:京都郡みやこ町下本町(国道496号線横)
    サブ画(左)…小宮豊隆文学碑:   〃  豊津 育徳館高校構内
     〃 (中)…葉山嘉樹文学碑:   〃  甲塚 八景山
     〃 (右)…鶴田知也文学碑:   〃  〃   〃
    

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