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「旭城跡」の桜

2018年04月04日

「旭城跡」を訪れる

来てみてビックリ、立派な石垣と桜。
一度来たことがあったが、何処を見ていたのか。

掲示板より
慶應二年八月(1866年)小倉小笠原藩(十五万石)は、
長州軍との戦に敗れ、自らの手で小倉城と篠崎藩邸を焼いて逃れた。
分家の千束一万石の藩主貞正は、同年十一月、領内安雲の光林寺に入り、
明治二年塔田原に館の建設を始め翌三年十月に完成し、
ここに移り、旭城と名付けた。
現存の城跡石垣は、その当時、千束原古墳の石を使用したものである。
明治四年の廃藩置県により、わずか一年ほどの千束藩の館であった。

全国で最後に築かれた城と言う意味で、歴史にその名を残した城
でもあります。

メイン画像・サブ画像左:旭城跡の石垣
サブ画像中:千束八幡神社
     (千束神社、塔田の御霊八幡神社、野田の八幡神社を合祀)
サブ画像右:千束小学校にある千塚原古墳

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