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郷土の山004(障子ケ岳)

2018年05月06日

◼場所:福岡県京都郡みやこ町勝山松田、田川郡香春町宮原

◼地質は三日月形に分布する勝山花崗岩と周防変成岩の境あたり。

◼大宰府と国府をむすぶ古代官道ルート設定に際し、測量目標とされた山。障子ケ岳の東方、八景山南側の甲塚方墳とを東西にむすぶラインが官道の位置となっている。障子ケ岳東山麓から今川左岸付近まで約6キロメートルにわたり直線道路痕跡として、条里水田沿い、井尻川沿い、大谷・天生田地区丘陵切通しなどに古道の姿を残している。飛鳥・奈良・平安時代頃の土木測量技術「山あて」が詳しく知りたいところ。官道峠道は障子ケ岳南、石鍋越と推定されている。

◼中世、山伏さんが尾根を峰入りで通るルートだったのが、山城がつくられて、峰入り道のルートが変更されているのだとか。

◼中世山城遺構は、田川郡京都郡境に立地し豊前地域の要衝を抑える山城だったようです。

◼写真1(障子ケ岳山頂[標高427.3メートル]より望む南側。中央は飯岳山[大坂山]、左奥は犬ケ岳など、右奥は馬見山など)

写真2(山城の遺構北側。後ろは平尾台方面の景観)

写真3(障子ケ岳城の看板)

写真4(障子ケ岳山頂から望む東側古代官道ルート。新町から大久保周辺地域が古代の駅「多米駅」推定地。写真中央のあたり、新町の町並み南側川沿いから初代川を渡り、新町歩道橋階段とジョイフルさんの看板の間あたりにでて、県道58号線北側沿いを通り、「大久保」交差点あたりで官道が交わり、勝山御所カントリークラブ看板南側あたりを通り、田んぼの中へ。さらに東へ行き、「津積橋」南側あたり、水田地帯を井尻川沿いに(約六町直線の川沿いのところ)。そして大谷地区植林の丘陵から数ヶ所切通しで山の中を抜け、大池を通り、天生田地区清地神社参道と交差し、今川を渡り、平成筑豊鉄道田川線「豊津駅」北側の「豊栄」踏切あたりを越え、松田池あたりを通り、甲塚方墳横で角度をかえ、豊前国府南側へと向かう古代官道ルート)※写真は2016年の景観

◼参考文献:『勝山町史上下』2006年発行、『香春町史上下』2001年発行

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